「知る権利を主張する」昔と今のメディアの無責任?
特定秘密保護法案に対するメディアの批判・攻撃がすさまじい。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/131205/plc13120512050012-n1.htm
「3年前のあの映像を、誰が何のために隠蔽したのか。
(ジャーナリストらは)それすら明らかにできてはいないではないか。
自分たちの都合の良いときだけ知る権利を振りかざしている姿は
滑稽である」
菅政権が隠蔽した尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件の映像を流した
元海上保安官一色正春氏の発言を至極もっともと感じた。
当時の関係者や朝日新聞社等の報道記事を検証せずに極端な
反対キャンペーン報道は誰のために何のためにするのかが
問われてもいいのではないか!
当時の朝日の記事には「公開の方針に批判的な捜査機関の何者かが
流出させたのだとしたら、政府や国会の意思に反することであり
許されない。』と明言していたとある。
なれば現在の国際社会が大きく変動し、各国における自主独立と
国家主権を適法にして不測に事態を回避する具体な施策は
我が国に必須である。
多くの情報を存知しながらも国家国民そして世界を平和に導
くための報道があって当然ではないかと思う。
時の政権に何が何でも反対し、揚句はミスリードしても
知らんぷりとは、民主主義を声高に叫び、知る権利のみを
主張してはばからないジャーナリズムとはどうのような責任を
負う存在か?この法案の成立経過と共にその後の時代の推移を
主権者である国民各位がしかと見届けねばならないと思う。
それにしてもあまりにも”あまちゃん”であり思わず知らず
”じぇじぇじぇ”だぁ~!
by 心とからだのカウンセラー